2024年10月16日
地球環境
編集長
舟橋 良治
「ブルーカーボン」をご存じだろうか。これは、海洋沿岸部に生息する海草(うみくさ)などが、光合成によって海中に溶け込んでいる二酸化炭素(CO2)を吸収して固定された炭素のことだ。地球温暖化対策の筆頭がCO2排出削減なのは論を待たないが、生態系での吸収を増やせば排出削減と同様の効果がある。陸上の森林が吸収する炭素が「グリーンカーボン」。その量に見劣りしない炭素が海洋で吸収されている。海洋の重要性が再認識される中、日本各地でブルーカーボンを生む海草や海藻(うみも)などが繁殖する「藻場」が急速に減少・消失し、いわゆる「磯焼け」が起きている。
この夏、藻場の再生活動が長年続けられている横浜市の「海の公園」(東京湾)、神奈川県葉山町(相模湾)に足を運んだ。藻場の現状や再生に向けた課題などをリポートする。
日光を浴びて育つ海草「アマモ」
ブルーカーボンは2009年、国連環境計画(UNEP)の報告書「Blue Carbon」で定義された。沿岸に近い海域にある植物やその下の土壌に蓄積される炭素で、温暖化対策の新たな選択肢として世界的に注目されるきっかけとなった。
地球全体の近年のCO2排出量は炭素換算で年96億トン(CO2約352億トン)。これに対して陸上で森林などが吸収する炭素は19億トン。海洋での炭素吸収は29億トンで、このうち10.7億トンは沿岸海域の植物などが吸収し、炭素として海底に貯留(固定)している。排出量の約半分が大気中に残り、温暖化の要因となっている。
炭素の排出・吸収量=年数億トンの誤差を含む
まずは生態系によって4種類に大別されるブルーカーボンについて、大まかに整理しておきたい。
一つは、細長い葉のアマモやスガモなどの「海草」。比較的浅い砂浜などに生えている。海中で花を咲かせて種子によって繁殖する。瀬戸内海、スペインなどで数千年前から蓄積されてきたアマモ由来の炭素が見つかっており、長い年月にわたって炭素を閉じ込めることが分かっている。
二つ目の「海藻」は、胞子によって繁殖するコンブ、ワカメ、カジメなどの藻類で、根から栄養を取らないためちぎれても枯れない。種類によっては沖合まで漂流し、寿命を終えて深い海に沈み、深海に炭素として貯留される。
「海の公園」のアマモ【左、6月8日、横浜市金沢区】と再生したカジメ場【7月15日、葉山町】(葉山アマモ協議会提供)
沿岸の「干潟・湿地」もCO2の吸収源だ。ヨシなどが茂る所は「塩性湿地」と呼ばれ、枯れた植物や動物の死骸が炭素となってたまる。
最後は熱帯や亜熱帯の河川と海水が混じりあう汽水域に広がる「マングローブ林」だ。国内では沖縄などの海岸に分布し、海底の泥の中に枯れた枝や根を含む有機物が堆積しつづける。
アマモ場は魚などが産卵し、幼魚や稚魚が生息している。コンブには海藻を食べるアワビやサザエといった多様な生物がいる。アマモやコンブなどが育つ藻場は「海のゆりかご」とも呼ばれ、漁業資源の維持に大きな役割を果たしている。
藻場は高度成長期に各地で埋め立てられて減少。残った海岸も近年は地球温暖化も要因の一つとなって藻場が減り、いわゆる「磯焼け」が起きている。そんな海岸の再生に取り組んできた組織の一つ「金沢八景-東京湾アマモ場再生会議」(塩田肇代表=横浜市立大学准教授<植物生理学>)を訪ね、実情を聞いた。
金沢八景(横浜市金沢区)には1960年代までアマモが茂る天然の海水浴場があったが、埋め立てられ、後に現在の人工海浜「海の公園」が造られた。この人工海浜に近い海岸で2001年、昔の姿を再現しようとボランティアがアマモを植え始めると、03年に横浜市と県の呼びかけによって協働事業組織「アマモ場再生会議」が誕生し、「海の公園」での活動につながっている。塩田代表は「昔からあったアマモ場の再生を目的に活動を始めた」と言い、市民ボランティア、企業、学校、自治体などが協力して活動してきた。
「海の公園」でのアマモ場再生活動【6月8日、横浜市金沢区】
アマモ場の再生は1年を通じた活動だ。まずは初夏、新たな種(たね)を人手で採取する。これを集めて網袋に入れ、潮の流れのある海中で1カ月程度保管。種を囲んでいる葉を腐食させる。
梅雨入り前の6月8日、約200人の親子連れらが種の採取に参加した。潮が引いた遠浅の砂浜を数十メートル歩くと、細長い葉の海草が重なり合うように水面下でゆらゆらと揺れているのが見える。
腰をかがめて種を探していると、たまたま藻場の中でイカの卵がみつかった。子供たちから「本当に、いるんだ」と歓声が上がる。生態系の豊かさに触れた参加者から「海に接する機会を通じて自然についても考えていきたい」「SDGs(国連の持続可能な開発目標)に関しても積極的に関わっていきたい」といった声が聞かれた。
「海の公園」で採取したアマモの種(左)と同じく見つかったイカの卵【6月8日、横浜市金沢区】
この時に集めた種の選別作業が7月27日、行われた。網袋に入っている枯れた葉、交じっていて成長した貝などを取り除き、良質な種だけを選んで集める。その種を秋まで管理し、発芽段階になったら分解性粘土に混ぜるなどして海にまく。一部は苗にまで育てた上で翌春に海に移植する。
こうした手間をかけると種から育っていく割合が格段に高まり、藻場の再生に結びつくことが分かっている。
今年の選別作業は約50人が参加し、梅雨が明けた猛暑日に炎天下で行われた。ザルで貝などを取り除いた後、最後はピンセットも使いながら、良質な種をより分ける作業が約2時間続く。参加者は「磯焼けの激しさは大変。何とかしなくては...」などと言いながら種と向き合っていた。
女児を連れて参加したお母さんは「海に親しみ、大切にする心をこの子に持ってほしいと思い、参加しています」。この子は種を真剣に選別しながら「とても楽しい」と元気よく話していた。
保管していたアマモの種を選別する親子【7月27日、横浜市金沢区】
1泊旅行を兼ねて参加した男性は、「昔泳いだ海水浴場は埋め立てられて、今はない。場所は違うがアマモの再生を手伝いたい」とほほ笑みながら話してくれた。
再生会議は、増やしたアマモが台風の影響で消滅するなどしながらも、活動を約20年にわたり継続してきた。地道な活動を続けていた中、横浜市は2019年に独自制度に基づき、この海域でアマモが吸収した12.3トンの炭素をブルーカーボンと認定。対象の海域面積は7万7804平方メートルで東京ドーム約1.7個分だった。
翌2020年には、同会議と横浜市漁業協同組合など3組織が近隣海域の貯木場跡約16万平方メートルで行っていたアマモ場再生について、「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)」は初の「Jブルークレジット」としてブルーカーボン22.8トンを認証した。
JBEはブルーカーボンなどに関する試験研究を行う組合として設立された国の認可法人。2022年には全国22件、23年は29件のプロジェクトについて認証した。今後、全国的なブルーカーボン普及の推進役を担うと期待されている。
また海外では、米アップルが南米コロンビアで、米P&Gがフィリピンでそれぞれマングローブ林100平方キロメートル以上の保全・再生計画を発表。ブルーカーボンへの関心が高まっているが、アマモに着目したプロジェクトは世界的に珍しく、金沢八景での取り組みは時代を先取りしているともいえる。
再生会議の塩田代表は「アマモを遺伝子レベルで調べると、東京湾の奥と出口周辺では性質が違う」と話す。このため、「他の海から移植しても温度、波の強さなど環境が違うと根付かない。アマモがなかった海にではなく、元々生えているところでしか増やせない」という。
こうした分析を踏まえて塩田代表は、「高度成長期に造成され工場用地に続く海になだらかな海岸を造り、かつて生息していたアマモを増やす」という形での再生を提案する。企業にとってもブルーカーボン利用が温暖化対策への貢献になるからだ。
「金沢八景-東京湾アマモ場再生会議」の塩田代表【6月28日、横浜市金沢区】
東京湾にある「海の公園」から三浦半島をはさんで西側の相模湾に面した神奈川県葉山町では、2006年に設立された「葉山アマモ協議会」が藻場の再生を継続してきた。
同協議会の山木克則副代表によれば、アマモ再生のため海に種をまく方法は全国各地で行われてきた。岡山県備前市日生町の漁協や地域では約30年前から再生に取り組んでいるという。
アマモは自然な状態での発芽率が非常に低いのだが、葉山では、地元の民間研究所が独自に開発した種の長期保存や発芽率を高めて効率的に苗を作ることで再生に取り組んできた。
こうしたアマモ再生には手間がかかるが、山木副代表によると、同協会が設立された2006年当初から、地域の小学校が総合学習として授業に取り入れているという。
藻場再生について説明する「葉山アマモ協議会」の山木副代表(左から2人目)【7月15日、葉山町】
長年のアマモ再生活動に続き、海藻の再生にも取り組んでいる。そして2022年にJBEから天然ワカメで41.3トン、カジメやアラメ、養殖ワカメを合わせて計44.6トンのブルーカーボン認証を受けた。地元の漁業協同組合、一色小学校、ダイブショップ、企業などと協力して実施し、翌年はヒジキも加えて同規模以上の炭素を固定し、同じく認証された。
今は、地球温暖化による水温上昇の影響が比較的小さい、深めの海で育つカジメの繁殖に力を入れている。カジメはコンブやワカメと同様に胞子を通じて繁殖するため、まずはダイバーが時期を選んで藻場に潜り、海底で胞子を出しているカジメを採取。別の海底に運んで藻場を増やしていく。
再生活動でカジメを観察(左、葉山アマモ協議会提供)と色の濃い部分から胞子を出すカジメ【7月15日、葉山町】
7月15日、関東地方が梅雨明け直前だった「海の日」にカジメ場の再生活動が行われた。この日は約10人のボランティアダイバーのほか、ウエットスーツ姿の小学生も約10人参加。ダイバーは真剣な表情で小型ボートに乗って沖へ、小学生は歓声を上げながら港の波打ち際から海に入っていった。
約1時間後、ダイバーを乗せたボートが戻ってくる。胞子を出す状態になっているカジメをいったん陸に上げながら、参加者は「葉山の海を豊かにしたい」と話してくれた。
海で集めたカジメは、胞子が飛散しやすいように穴をあけた分解性の袋「スポア(胞子)バッグ」に詰める。そして、ダイバーを乗せたボートが再び沖に出て行き、再度潜ってスポアバッグを繁殖に適した海底の岩場に重しの石と一緒に沈めていく。この袋から胞子が出て海底に「カジメ場」ができる。
地球温暖化が一段と進めば、海草や海藻が育たないほどに海洋が変容してしまう事態も絵空事ではない。長い海岸線を持つ日本。地道な藻場の再生活動が全国各地だけでなく、その輪が世界に広がりブルーカーボンを通じた脱炭素化が本格化する日が来ると信じたい。
スポアバッグを岩場に設置するダイバー(左、葉山アマモ協議会提供)と葉山アマモ協議会の皆さん【7月15日、葉山町】
舟橋 良治